【歌詞の意味】『Aimer / カタオモイ』埋まらない思い
はじめに
- 曲名:カタオモイ
- 歌手名:Aimer
- 作曲:内澤崇仁
- 作詞:内澤崇仁
独特でナチュラルな歌声をもつ『Aimer』。そして、作詞・作曲は『andropのボーカル、ギターの内澤崇仁』
andropの作詞・作曲をほとんどを手がける内澤崇仁ですが、曲調はAimerに合わせて、思いを伝えたしっとりとした曲ですね。
ミュージックビデオも日々の生活の中をイメージされていてリアルに映ります。
歌詞
自分というフルコースのメニューは
たった一度の たった一人の 生まれてきた幸せ味わってるんだよ 今日がメインディッシュで 終わりの日には甘酸っぱいデザートを食べるの 山も谷も全部フルコースで
−歌詞「カタオモイ」から抜粋
自分の人生を料理のフルコースとして、捉えているフレーズです。面白い例えですが、共感してしまいます。
たった一回の人生は後戻りもできないですし、今が前菜なのか、メインディッシュなのか、もしかしてデザートなのか。とかわかりません。
「終わりの日には甘酸っぱいデザートを食べる」というフレーズはどういう意味なのでしょうか。最後に甘酸っぱい?
僕的にはおそらく、甘い甘いあなたとの思い出も、ケンカや苦労したことも全てを噛みしめて終わりの日を迎える。ということなのだと思います。
僕はそれほど長い人生は送っていませんが、甘い思い出も苦いチョコのような思い出も、それほど経験していない気がします。これを読んでくださっている方々はどうでしょうか?
終わりの日に、「最高のフルコースでした。」と満足気に言える人生を送らなければ。と思いますね。
『1』の虚しさ
僕の心は君にいつも片思い 好きだよ 分かってよ 分かってよ 分かってよ
−歌詞「カタオモイ」から抜粋
溢れ出す好きの気持ちって相手に伝わらないじれったい気持ちを表していますね。
カップルや夫婦という『一定の好き』の状態で過ごしていると、自分と相手の間で『好きのレベル』が違うなって感じる時ありませんか?
例えば、何かの拍子に「僕の好きは100で、相手の好きは99」だと感じてしまった時、どうですか?
はたから見れば、「高いじゃないか。それに、1しか変わらない。大丈夫」と思われるかもしれません。
でも、どれだけ自分が好きでも、相手は分かってくれない。近くにいるのに、この1は埋まらない気がしてしまう瞬間。とても虚しいですし、この1を無視できないんですよね。
だから勝手に、自分が片思いな気がしてしまうのでしょう。
まとめ
今回はAimerのカタオモイで、いろいろと考えみました。
Aimerの曲はどこか虚しく感じてしまうので、考えも深まります。これからもAimerは登場すると思うので、よろしくお願いします!
是非、みなさんも気になったフレーズや考えもコメントしてください!